競泳選手のための栄養学
競泳選手が練習においても試合においても力を出し切るためには、正しい栄養摂
取を心がけなければなりません。ここでは、様々な局面で自分が最前を尽くすこ
とができるような食事の方法について解説していきます。
1. グリコーゲンローディング
グリコーゲンローディングとは、試合という重要な局面で自分の持てる以上の力
を発揮するために、自分の体に限界以上のグリコーゲンを貯蓄する技術です。競
泳だけでなく、陸上、トライアスロンなどのアスリートはごく普通に行なってい
る栄養摂取方ですので、これを完全に理解し、取り入れることができれば、また
一歩、記録向上に近づけるわけです。
1.1 グリコーゲンとは
筋肉を動かすためには体内のATPというエネルギー源を消費しなければなりませ
ん。そのATPをつくり出すのに最も必要なものがグリコーゲンです。食事により
得られた糖分や炭水化物が体内で分解されるとブドウ糖ができます。グリコーゲ
ンとはこのブドウ糖がグリコーゲン合成酵素によって体内に保存できる状態にな
ったものを指して言います。そして、グリコーゲンが多ければ多い程最大限に筋
肉の働きを活性化できるのです。しかし、筋肉の質や量に対し蓄積できるグリコ
ーゲンの限界量は決まっている。では、体内にグリコーゲンをより多く蓄積させ
ることは可能なのでしょうか。
1.2 グリコーゲンローディングのイメージ
それを可能にするのがグリコーゲンローディングなのです。これは、まず体中の
グリコーゲンを使い果たし、体内のグリコーゲン合成酵素の働きが最大限に高ま
った状態でグリコーゲンを大量に摂取するというものです。そうすれば、限界以
上に蓄積されたグリコーゲンが筋肉の働きをいつも以上に活性化するため、運動
能力を最大限に引き出せるのです。
1.3 実際の食事方法
では、実際にどういう食事をすればよいのでしょうか。これをトレーニングと絡
めて解説していきます。また、グリコーゲンローディングを始める時期としては、
目標とする試合の1週間前が良いと考えられます。一流選手の中には2週間も前か
ら始める人もいますが、早く始めると健康状態を大きく崩すことにもなりかねな
いので、普通の選手ならば1週間前からで十分だと考えられます。
1.3.1 試合3日前まで
この期間は体内のグリコーゲンを無くす必要があります。したがって、強度の高
いトレーニングをするとともに、糖分や炭水化物を多く含んだ食物を採らないよ
うにしなければなりません。したがって、こ
の期間は脂質中心の食事をするように心がけます。それは、脂質はグリコーゲン
になりにくい性質を持っているからです。また、グリコーゲンを消費する過程で、
疲労物質である乳酸が同時に生成され、体内に蓄積されます。この乳酸の分解に
は3日かかるため、この時期には、同時に乳酸の分解を促進するビタミンB2、B6
を採ることも必要となります。
1.3.2 試合2日前から前日
これまでのトレーニングと食事で体内のグリコーゲンはほとんど無くなっていま
す。しかしこれは、グリコーゲンを作り出すグリコーゲン合成酵素の働きが最大
限に高まっている状態でもあります。したがって、この時期にグリコーゲンに変
化しやすい炭水化物中心の食事に切替えることで、グリコーゲン合成酵素の働き
を最大限に利用して大量のグリコーゲンを体内に蓄えることができます。ではな
ぜ、この方法で大量のグリコーゲンを体内に蓄えることができるのでしょうか。
実は、グリコーゲン合成酵素が体内に十分グリコーゲンが溜ったことを感知して
グリコーゲンの合成を止めるまでに約2日間かかります。したがって、一時的
に自分の筋肉の限界以上の量のグリコーゲンを蓄えることができるのです。実
際には自分の限界の1.5倍から3倍の量のグリコーゲンを一時的に蓄えられ
ることが、実験的に知られています。
1.3.3 試合当日
われわれの体内では食事を採った直後からグリコーゲン合成酵素の働きでグリコ
ーゲンが作られます。しかし、グリコーゲンが筋肉を動かすエネルギーとして活
用されるには3時間以上かかります。したがって、試合で力を発揮するにはその3
時間以上前には食事を終らせていなければなりません。また、体が十分に動くよ
うになるのは起床後5、6時間たった後なので、試合のある日は早寝早起きをしな
ければなりません。
これまでの食事を生かすも殺すも当日の食事に全てがかかっていると言っても過
言ではありません。当日の食事内容によっては体内に蓄えられたグリコーゲンを
有効に活用できない危険性もあります。では、試合当日の食事内容はどのような
ものにすればよいのでしょうか。主に以下の点に注意すれば大丈夫です。
肉類は避ける
日本では、「肉はスタミナをつける」という先入観がある気がします。また、試
合前に「勝負にカツ」といって、豚肉を食べる習慣もあります。しかし、肉類は
消化するのに24時間かかり、エネルギーとして活用されるには、さらにそこから
6時間が必要です。したがって、肉類を試合前日の夕食や当日に食べることは好
ましいとは言えず、逆に試合のときに消化不良を起こし、能力を十分に発揮でき
ないこともあり得るのです。
食物繊維をとらない
ごぼうやさつまいも等の食物繊維を多く含んだ食品を採ると腸内ガスが発生して
しまいます。これは食物繊維に含まれるオリゴ糖が原因で起こります。したがっ
て、試合当日に食物繊維を多く含む食品を採ると、腹痛を引き起こして試合で支
障をきたすことがあり得るのです。
炭水化物を採る
炭水化物はグリコーゲンの原料になるだけでなく、消化、吸収が早いので、消化
不良を起こす心配がありません。
これらをふまえた、試合当日の理想的な食事メニューとは、うどんや
おにぎりであると言えます。
2. 競技直前の栄養補給
2.1 短距離選手
短距離選手の場合は短時間でエネルギーを出し切る必要があります。また、この
いかにして短い時間に力を出し切るかという能力が勝負を決める大きな要員とな
ります。しかし、短時間で力を出し切ることを促す食品が存在するのです。それ
は、蜂蜜です。蜂蜜にはパントテン酸という物質が含まれており、これが、
血液中の糖分を細胞へ補給する働きがあるのです。したがって、短距離選手は競
技直前に蜂蜜を食べることで、より力を発揮することができるようになるのです。
しかし、ただ蜂蜜だけを食べるというのも味の問題のため難しいので、レモンを
輪切りにしたものを砂糖と蜂蜜に漬け込んだ、「蜂蜜レモン」の状態にして食べ
ると、おいしく、手軽に蜂蜜を摂取することができます。
2.2 長距離選手
持久力を必要とする長距離選手の場合は、失われたグリコーゲンを補給するため、
競技中に体内で再度グリコーゲンを作り出す能力が必要となります。これを可能
にする食品が、果汁100%グレープフルーツジュースです。グレープフルー
ツにはクエン酸が多く含まれており、これが一時的にグリコーゲンの分解を抑制
し、合成を促進する働きを持っているのです。実際に、マラソン選手の中には、
水分補給所でグレープフルーツジュースを補給する選手もたくさん存在します。
3. 別の側面から見た試合直前の栄養補給
1.3.3節において、試合直前には肉類を避けるようにと述べました。しかし、試
合直前に「カツ丼」等の豚肉を食べて、良い効果を得られる場合が存在するので
す。
結論から述べると、試合の様な精神的ストレスを有する行事の前に「カツ丼」を
食べると、「あがらない」ようになるという説があるのです。では、なぜカツ丼
にそのような効果があるのでしょうか。
人は、試合のように、結果を求められるような苦しい局面や、不慣れな局面、危
機的な局面に立たされると、自分の能力を最大限に発揮しようとして、極度に神
経を興奮させようとするようになります。この時、脳内にノルアドレナリンとい
う物質が分泌されることで、緊張で収縮していた運動系の組織へ血流を促し、正
常に行動することができるのです。しかし、この時失敗することを考えてしまう
と、脳や中枢神経系へ血流が促されてしまうため思考回路がオーバーヒート状態に
なり、筋肉が動かなくなり、また考えさえも整理できなくなります。これが、
「あがった状態」なのです。この中枢系の興奮を鎮める効果のある物質がビタミ
ンB1です。そして、カツ丼に使われる豚肉にはこのビタミンB1が大量に含
まれているのです。ビタミンB1はあがってしまって働きが鈍くなった中枢系
の細胞にエネルギーである糖分を補給して、働きを正常にする効果を持っている
のです。しかし、ビタミンB1は脂肪分と接触すると分解されてしまうため、
ただ豚肉だけを食べても、効果は十分には得られません。そこで、ビタミン
B1の効果を最大限に活かす効果のある食品を同時に摂取しなければなりませ
ん。その効果のある食品が「タマネギ」です。タマネギに含まれる、涙を誘発す
る硫化アリルという物質は、ビタミンB1の吸収を促進させる働きがあると同
時に、ビタミンB1が脂肪と結び付いて分解されるのを防ぐ働きがあるのです。
しかし、この硫化アリルは加熱するとプロピルメルカプタンという別の物質に変
化してしまうため、あがらないための食事としてタマネギを食べる場合は、生で
食べなければなりません。また、ビタミンB1が体内に摂取されてから、あが
らない効果を発揮するまでに約3時間かかるため、食事は試合の3時間前までに終
らせなければなりません。